「研究不正」をどう防ぐか<下>

WEBRONZAより転載、加筆。
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2013082000009.html

<上>では、研究不正が行われている状況とその背景について書きました。続く(2)では、どうすれば不正を減らせるのか、第三者機関による監視の必要性も含めて考えていきます。

■不正の発見をどうするか

 日本には積極的に論文不正を監視して調査する公的な機関はありません。大学などの研究機関に設けられる調査委員会は、申し立てがないと組織されて動き出せないなどの制約があります。

 <上>で紹介した「捏造問題にもっと怒りを」のコメント欄では、インターネット上で論文捏造の指摘をしてきた人物が意見を述べられていますが、参考になると共にとても考えさせられます。
 このサイトでは、論文捏造を検証して必要があれば注意勧告する第三者機関の設置の必要性についても話し合われています。研究の監視と研究者への懲罰を科学コミュニティーの外部に委ねてしまうことで、研究の自由の侵害に発展する恐れがないかと危惧する意見もあります。しかし、学会などの科学コミュニティーでは、研究成果を発表し情報交換する場の提供が主であり、不正行為の摘発や、他の研究者への注意勧告を直接行う事は現実として無理であるとの意見が出されています。学会では不正発生後の対処を担当するよりも、不正が出ない様にしていく研究環境の改善を話し合い、文部科学省などの政府機関に、改善要求を出すなどの提言をしていく事が役割として相応しいのかもしれません。

 もし、研究不正を監視する第三者機関の設置がなければ、最近多くなっているインターネット上で研究不正等を追及するためのサイトやブログが活躍することになるでしょう。これらのサイトやブログによって不正が告発された件数は2011年以降から顕著な伸びを示しています*7が、 ボランティアとして行ってくれる人にばかり頼るのも問題があると思います。不正を見逃せなくなった人がやむを得ず告発サイトを立ち上げるケースが多いのですが、こうした場合、証拠を揃えて提示するには手間と時間を要する上に、強い逆恨みなどを受けることも予想され、個人でやり続けるには負担が大きくなります。

 告発サイトの大半は匿名で行われていますが、研究機関(大学も含む)によっては、匿名者からの指摘を受けても信頼性がないとして受理しない場合があります。2009年に懲戒解雇されたある助教による論文不正事件では、所属学会から指摘され学内で調査が開始される前年の2007年に、匿名者から大学へ通報があったのですが無視されていました。

 告発される側の視点からの問題として、実名者からの指摘に間違いがあれば名誉毀損として逆に訴える事ができますが、告発者が匿名だと責任逃れをされてしまうという不公平さがあります。匿名者の告発に頼る危険性として、匿名であることをいいことにライバルが出した論文の重箱の隅をつついてインターネット等で騒ぎ立てて評判を落とそうとする不届き者がでる恐れもあり、告発の基準やルールが統一されていないことで玉石混淆の告発サイトが乱立してしまう危惧もあります。暫定的なものとして、匿名者による告発サイトに一時的に頼ることはあっても、いつまでもそれにばかり頼ってしまうのは心許ないとも思います。

■研究不正の審査と処罰における問題点

 不正が発覚した際、ほとんどの場合は大学などの所属組織の中に調査委員会が設置されます。同じ組織内で調査が行われる場合は、告発された人物が組織の有力者の場合だと、審査の公正さをどの様に担保するかはとても難しい課題となります。*8 例えば、東北大学の総長(2012年3月に退任)に不正疑惑が生じたケースでは、総長在任中には学内の調査委員会二重投稿を認めましたが意図的ではなかったとして特に処罰はなく、他に指摘されていた捏造を含む不正については認められませんでした。しかし、不正の調査を求める声は国内外で止まず*9、今年(2013年)新たに東北大学調査委員会を設置して調査が開始されることになりました。こうしたケースを見ると、審査の「公正」さに疑念が生じない様にするためには、第三者機関による調査と監視をしていくことが望ましいと考えます。

 また、同程度の深刻な論文不正があったにも関わらず、所属機関によって、懲戒解雇(最も重い処分)になったり、1年未満の停職で済んでいたりと、処罰がまちまちであり、不公平感をもたらしています。できるだけ公平になるように、これも第三者機関によって、標準的な処罰の基準を定めた方が良いと考えます。

■まずは不正防止策を

 <上>の冒頭でも書きましたが、論文の不正は「嘘をついてはいけない」という倫理的な問題の他に、本人のみならず、周囲の人達、またその分野で研究をする人達を巻き込んで様々な悪影響を及ぼします。不正が行われないことがまずは肝心です。

 これまでに発覚した論文不正は、内部告発によるものが約3割を占めています。*7 不正問題が続けて起きると、厳罰化によって空気を引き締めようとする意見が出てきますが、厳罰化で対処しようとすると、不正に気付いても不正発覚の影響の強さを考えて告発を躊躇してしまう人達が増えてしまうのではないかという心配があります。また、同僚の不正を察知した人が上司(教授、その他)に相談した場合に、外部への発覚を恐れて口止めをされるなど、厳罰化は組織ぐるみの隠蔽を助長してしまう恐れもあります。不正を知りつつ黙っている場合は、真面目な人ほど良心が痛んで精神的なストレスを抱えることになります。
 処分が甘過ぎても再発防止の観点からは問題ですし、一方で厳くし過ぎると上で述べた様に隠蔽が増える恐れがあり、適切な処罰になる様に十分な検討がなされる必要があります。

 科学技術振興機構(JST)では、今年度の科学研究費を配分する研究者に対して、不正防止を目的とした倫理教育を今月から実施しています。各大学においても倫理教育を充実させようとする動きがあります。研究不正を減らして行くためには、そうした倫理教育と併せて、研究者を必要以上に競争に追い立ててしまわない様に、将来の安定したポストの拡充も含めて「環境整備」をしていく必要があると思います。研究資金も数年で終わる短期的なものばかりだとその期間内に成果を出さなければと焦らすことになるので、長期的な研究資金を併せて支給する制度も考えて頂けたらと思います。

 過去に発覚した捏造論文について調べたところ、指導者によるチェックが甘くて見過ごされてしまったケースが多くありました。研究を指導する立場にいる人達は、普段から学生や研究員の研究状況をよく把握しておき、出してきたデータ(生データの確認が必要)をよく吟味し、不自然なものがないかどうか内部でのチェックを怠らないことも大事でしょう。
 <上>で述べた捏造による悪しきクレジット・サイクルに陥らない様に心がけていく事がポイントだと思います。捏造の常習者が競争に勝ち残り、教授などのポストを得て部下や学生にも捏造を指示する様になれば、最悪の状況となります。

 共著者に無断で論文が出されていて、不正が発覚し難かったケースも多くあります。共著者全員に通知をして本人からの認証の返事がなければ論文を出せなくするシステムも考えた方がいいと思います。(過去のケースでは、共著者の署名を偽造したり、架空の共著者を創作しているものまでありました。共著者の「なりすまし」防止対策も考える必要があります) 私自身、全く連絡がなかったのに共著者に入っていた論文がありました。論文検索をして偶然見つけましたが、もしその論文に不正があった場合、共著者としての責任が生じるので正直怖いと感じました。業績を増やすために、ほとんどその研究には貢献していないのに共著者として名前だけ入れてもらう場合もあり、こうした悪しき「慣習」についても、無くしていく必要があると思います。

 研究不正を完全に無くすことは難しいでしょうが、環境整備によって減らして行くことは可能だと思います。各研究組織での不正防止への取り組みの他に、研究者の競争が激化している状況を緩和する政策が求められます。研究不正の調査と監視を行う第三者機関の設置は、不正が発生した際に公正な対処を行っていく上でも必要ではないかと考えます。


*7 松澤孝明「わが国における研究不正 公開情報に基づくマクロ分析(2)」 情報管理Vol. 56 (2013) No. 4 P 222-235
*8 Final say Nature 483, 246 (15 March 2012)
*9 A record made to be broken Nature 496, 5 (04 April 2013)