原発事故:成人後発症の甲状腺がんも全額補償に

この記事は、朝日新聞WEBRONZAからの転載です。
http://astand.asahi.com/magazine/wrscience/2012112100004.html

 昨年3月の東京電力福島第一原発事故被災者が国に対して、健康被害に関する賠償請求をしても、国がその対応を渋るのでは、という疑念を持つ人が広がっています。長期的には、低線量被ばくによるがんの発症が懸念されるわけですが、がんは、原発事故がなくても一定の割合で発症するため、今回の事故によって本当にがんになったのかどうか、その因果関係の立証はかなりの困難が予想されます。

 そのため「たとえがんになっても、個別には因果関係の証明はできないだろう」とみている医者や科学者も多いのですが、そういった学者たちを「国の被害隠蔽に加担しようとしている」などと見なしてバッシングを始める人達も増えてきており、市民の間にも不毛な対立がもたらされています。

 健康被害原発事故との因果関係については、論争をしても水俣などの例を見るまでもなく、長引くだけであることは明らかで、論争の決着を待っていても被災者の救済は進みません。まずは、『被災者救済』を最優先に考えた政策を国に求めていくことが先決です。

原発事故による健康影響への懸念

 今回の原発事故では、現在のところ、一般住民のなかに高い被ばくをした人は見つかっていません。しかしながら、原発事故による健康影響で最も気になるのが、チェルノブイリ事故でも増えたことがはっきりしている甲状腺がんです。

 チェルノブイリ事故の場合、甲状腺がんは、事故後4〜5年してから増え始めましたが、事故当時にすでに成人であった人達については甲状腺がんの発症率が高くなったことを示唆するデータはありません。問題は、子どもたちの放射性ヨウ素による被ばくです。

 1〜15歳を対象に調べたデータでは、福島第一原発事故の初期に放出された放射性ヨウ素による被ばく量は、最高でも甲状腺等価線量で35mSv。これは、チェルノブイリ事故に比べると、かなり少ない量といえます。

(参考http://synodos.livedoor.biz/archives/1955905.html

 しかし、子ども達全員を調べたわけではないので、もっと被ばく量の多い子どもがいる恐れもあります。チェルノブイリと異なり、牛乳などの食品は事故後すぐに厳しい検査と出荷停止などの対策がとられたので、食事からの内部被ばくの心配はほとんどありません。ですが、大気中に放出された放射性ヨウ素をどれだけ吸入したのか不明な人達もおり、これが残されている懸念材料だといえます。

 大事なことは、放射性ヨウ素による被ばくをした可能性のある人達は、定期的に甲状腺検査を受け、継続して調べていくことです。(ほとんどの場合、甲状腺がんは治療成績が良好で、死亡率は低いがんです。適切な治療により、生活の質も保てます) 福島県が実施している健康調査は、甲状腺がんを早期に見つけ出すことに貢献すると思われます。

■現在の法律では原発事故に関する健康被害への補償はどうなっているか

 福島県では18歳以下の子どもの医療費が無料となりました。しかし、チェルノブイリ事故のケースをみると、原発事故当時に子どもであった人が甲状腺がんを発症するのは、成人した後になる可能性もあります。

 今年6月に成立した「子ども・被災者支援法」は、その適用を申し立てる際に因果関係の立証が不必要とされており、とても画期的で評価できる法律です。 「子ども・被災者支援法」の第十三条には、医療費については、被災者たる子ども及び妊婦が医療費の減免の対象になる、ということが明記されています。

 ですが、子どもが成人したその後にも適用されるという記載が、条文にありません。国会の議事録を調べましたが、この点は検討課題のままとなっています。また、どの医療費に対してどの程度の減免がされるのか(全額なのか数割なのか不明)や、適用者(どの地域に住んでいる人か)についても、具体的に決められていないのです。毎年支援対象となる地域等の見直しがされることになっているので、途中から対象地域から外れてしまい、医療費の減免が取り消されるということもあり得ます。

 「子ども・被災者支援法」は、これから具体的な内容が詰められていきますが、この様に不確定要素が多いことから、まだ安心はできないという被災者の声があります。

■「プロジェクト早野」による提案

 福島の人達が最も心配しているのが、甲状腺への健康影響と、甲状腺がんが発病した場合の補償です。原発事故で放出された放射性ヨウ素を吸入した可能性のある子ども達については、18歳を超えてから甲状腺がんが見つかった場合でも、因果関係の証明なしで治療費を全額補償されることが必要です。

 今回の原発事故での放射性ヨウ素の放出推定量から予測すると、今回の事故による甲状腺がんの発症者の増加は、事故がない場合と比べてわずかだろうと予想されます。専門医によると、60歳代までの甲状腺がんの発症率は、通常で1.5%程度と見込まれています。

 この程度の発症率なら、事故当時に子どもであった甲状腺がん患者全員の治療費を国がたとえ全額負担しても、不充分な補償が原因となって、次々と裁判を個別に起こされ争うような事態になることと比べると、総合的に負担は少ないと考えられます。

 こうした観点から、東京大学大学院理学系研究科の早野龍五教授が中心となって議員立法を目指した働きかけが行われています。私もこの早野教授のプロジェクトに微力ながら協力しています。このプロジェクトは、東北市長会(会長=瀬戸孝則・福島市長)とも連携し、東北市長会から10月31日に平野達男復興相に以下の要望書が提出されました。

甲状腺がん要望書】(早野教授・立谷相馬市長作成)

 東京電力福島第一原子力発電所事故により、多くの福島県民が健康に不安を抱えている状況にある中、健康影響調査の一環として、現在、18歳以下の子どもを対象に超音波による甲状腺検査が実施されている。また、福島県においては、本年10月より18歳以下の医療費自己負担が無料化されている。しかしながら、これまでのチェルノブイリ原子力発電所事故等のデータから、被曝から数年〜数十年後に発生すると考えられている甲状腺がんが18歳を超えて発症した場合の対応については明確にされていない。よって、甲状腺検査の対象者である平成23年3月11日時点で18歳以下の県民が18歳を超えて甲状腺がんを発症した場合においても、原子力発電所事故との因果関係を問うことなく、全て国が治療費を負担するよう強く要請する。


 11月3日には、「甲状腺がん治療費全額国家負担議員立法」を目指して立谷相馬市長から三原じゅん子参議院議員に提案趣旨説明が行われました。次の資料はこの時に三原議員に手渡されたものです。

 被災者救済のために、これまでに成立している「子ども・被災者支援法」に加えて「甲状腺がん治療費全額国家負担議員立法」が成立すれば、最も大きな懸念となっている甲状腺がんについて確実な補償が約束されることになります。


【参考】

・「原発事故子ども・被災者支援法」条文
https://dl.dropbox.com/u/23151586/120617_shienho_bill.pdf

・第180回国会 東日本大震災復興特別委員会 第7号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/180/0242/18006190242007c.html 

・国会議事録検索システム
http://kokkai.ndl.go.jp/