「コインハイブ裁判」の判決内容と今後の課題
「コインハイブ裁判」で、3/27に横浜地裁で「無罪」の判決が出されました。
この判決内容を整理します。
また、「無罪」とされたものの、いくつかの問題点が浮かび上がりましたので、それらについても指摘します。
≪判決文の整理≫
1.「人の意図に反する動作をさせるべきもの」と認められるかどうか
【判断基準】
当該プログラムの機能の内容や機能に関する説明内容,想定される利用方法等を総合的に考慮して,当該プログラムの機能につき一般的に認識すべきと考えられるところを基準として判断する
(1) 機能の内容
・仮想通貨であるモネロの採掘作業を実施すること。
(2) 機能に関する説明内容
・ブログ内には仮想通貨やマイニングについて説明する記述がなく,閲覧中にマイニングが実行されることについて閲覧者の同意を取得するような仕様も設けられていなかった。
(3) 想定される利用方法
・広告表示等に代わる新たな収益化の方法。
(4) 一般的に認識すべきと考えられるところ
・一般的なユーザー(ウェプサイト閲覧者側)の間でコインハイブが広告表示等に代わる新たな収益化の方法として認知されていたと認めることはできない。
・同サイトの体裁やサービス内容をみてもマイニングと関連しているとはいえない。
・ブログ閲覧者において,マイニングについて事前の知識等がないときは,通常,自身の電子計算機が本件マイニングに利用されていることに気づくことはない。
・被告人が本件プログラムコードを設定し削除するまでの間に被告人に対して指摘等の行動に及ばなかったブログ閲覧者についても,その閲覧前本件マイニングを認知していた、又は閲覧中本件マイニングに気づいたもののこれを容認したとみることは到底できない。
(5) 総合判断
本件プログラムコードは,人の意図に反する動作をさせるべきプログラムに該当する。
【弁護人の主張】
本件プログラムコードはジャバスクリプトで記述されているところ,ジャバスクリプトが挙動することについて,ウェブサイトの閲覧者に対する同意を得る慣行はなく,同意が推定される。
【裁判官の主張】
本罪が電子計算機のプログラムに対する信頼を保護する罪であるので、意図に反するかどうかは.プログラム言語一般の性質ではなく,個々のプログラムの機能に照らして判断すべきであり,本罪の成立範囲を不当に限定することにつながる弁護人の主張には賛同できない。ジャバスクリプトであるからといって,直ちにウェブサイトの閲覧者の同意が推定されるはずがなく,弁護人の主張は失当である。
2.「不正な指令を与えるもの」であるかどうか
【判断基準】
一般的なユーザーにとっての有益性や必要性の程度,当該プログラムのユーザーヘの影響や弊害の度合い,事件当時における当該プログラムに対するユーザー等関係者の評価や動向等の事情を総合的に考慮し, 当該プログラムの機能の内容が社会的に許容し得るものであるか否かという観点から判断する
(1) 有益性や必要性の程度
・インターネット上のウェブサイトが質を維持・向上させながらそのコンテンツやサービスを提供し続けるには資金が必要である。
・コインハイブは広告類に代わる新たな収益化の方法として導入された。
(2) ユーザーヘの影響や弊害の度合い
・演算機能の提供と仮想通貨の取得との間には対価関係の存在を想定し得るが、本件プログラムはマイニング本来の対価性を損なっている。
(注)マイニング(=ブロックチェーンの検証作業)を行わせる「動機付け」として、マイニングをした者に報酬として仮想通貨を支払うことにしている体制が多いのですが、この「動機付け」は別の方法でも可能であり、「本来の対価性」とするのは認識にずれがあるように思われます。
補足として、法的に暗号通貨が所有権の対象となるかどうか(=物権なのか債権なのか)は、まだ議論が混迷している状態です。
・もっとも,本件プログラムコードをウェブサイトのサービス提供のための収益方法としてウェブサイト内に設置した場合には,閲覧者の電子計算機の中央処理装置(CPU) を用いて本件マイニングを実行することによりサイト運営者(コインハイブ登録者)が得るモネロが,直接的又は間接的にその後のウェブサイトのサービスの質を維持・向上させるための資金源になり得るのであるから,現在のみならず将来的にも閲覧需要のある閲覧者にとっては利益となる側面があるといえる。
(補足)「他人の自転車をただ乗りする」と喩えてコインハイブを違法とする説がありましたが、閲覧者にも利益があるとする判示によって、この「ただ乗り」説は否定されました。
・本件プログラムコードにより本件マイニングが実行されると,消費電力の増加,処理速度の低下等の影響が生じるが,その程度は広告表示プログラム等の場合と大きく変わることがない。
・その影響はブログ閲覧中に限定され,閲覧を終了すれば,本件マイニングも(裏で持続することなく)終了する。加えて,本件プログラムコードは,スロットル値を調整することにより,本件マイニジグの実行に伴う閲覧者の電子計算機に対する影響を軽微なものにとどめることが可能である。
・自身が運営するウェブサイトに本件プログラムコードを設定して本件マイニングを行った被告人の場合には,他人が運営するウェブサイトを改ざんして専用スクリプトを埋め込みマイニングを実行させるような場合とは弊害の度合いが明らかに異なる。
(3) ユーザー等関係者の評価や動向等
・ウェブサイト閲覧者の承諾を得ることなくマイニングを実行させる点を問題視する否定的な立場(ただし,その意見に対しては,違法の可能性といった法的な意味合いからの言及というよりも,単なるマナー違反やモラル的な趣旨からのものにとどまっていたとの理解も可能といえる。)もあるが,収益方法としての利便性を重視し肯定的に捉える立場もあり,賛否両論に分かれていた。
・ツイッターで被告人に指摘をした人物がいたが,その指摘は受容の余地もある曖昧な内容であった。
・コインハイブのスタンスとして、後に新たな実装(オプトイン)の使用を奨励しているにすぎない。
・ウェプサイ卜閲覧者の同意を得ないで本件マイニングを行うことに関し,その当時新聞等のマスメディアによる報道はもとより捜査当局等の公的機関による事前の注意喚起や警告等もない中で,本件プログラムコードを設置した被告人に対していきなり刑事罰に値するとみてその責任を問うのは行き過ぎである。
片瀬コメント: 「ユーザー等関係者の評価や動向等」に関する裁判官の見解は、概ね妥当だと思います。私も次のツイートをしていました。
https://twitter.com/kumikokatase/status/1097684493094117377
"さらに検察は「コインハイブに関しては賛否両論」あり否定的な意見があるのに実行したのは悪質である(大意)とも主張していますが、「賛否両論」あって評価が分かれるグレーな状態でいきなり刑罰を科すのは行き過ぎではないでしょうか?
(そもそもグレーだからと罰していったらきりがないでしょう)"
※ただし、「捜査当局等の公的機関による事前の注意喚起や警告」については、本件はコインハイブの自ブログ内設置は「違法ではなかった」ので、事前に捜査当局等からの警告があっても、有罪とはなり得ないものでした。裁判所が違法かどうか判断する前に、捜査機関が独自に判断してしまうのは危ういと考えられます。
(4) 社会的に許容し得るものであるか否か
・本件当時において,本件プログラムコードが社会的に許容されていなかったと断定することはできない。
以上から、
本件プログラムコードは不正指令電磁的記録には該当しない。
と判断され、「無罪」が言い渡されました。
※この判決では、不正指令電磁的記録に該当するものと仮定しても、
「被告人が、本件プログラムコードが不正指令電磁的記録に当たることを認識認容しつつこれを実行する目的があったものと認定するには合理的な疑いが残るというべきである」として、「実行の用に供する目的があったと認めることはできない」ので、無罪の判断は揺るがないとしています。
検察は『わいせつ物の認識については、問題となる記載の存在の認識があれば足り、刑法所定のわいせつ物に該当するかの認識までは必要ない』と主張していましたが、これに対する弁護人の『仮にコインハイブが不正指令電磁的記録にあたるものだとしても、被告人が起訴事実当時にその認識を欠いていた場合には、「実行の用に供する目的」を欠いていることになる』という主張が通りました。
【判決で示された判断基準と問題点】
※「不正指令電磁的記録に関する罪」の成立
1.「反意図性」がある
判断要素:機能の内容、機能に関する説明内容、想定される利用方法等
2.「社会的容認」がない
判断要素:有益性や必要性、ユーザーヘの影響や弊害、ユーザー等関係者の評価や技術動向等
・問題点:「反意図性」の判断段階で該当するプログラムの範囲を広くとることで、被害が軽微で悪影響が少ないものまでもスクリーニング対象として含まれてしまう
本罪が制定された経緯を考慮すると、被害の大きいマルウェアを取り締まることが本来の目的であるのに、「反意図性」を広くとることで「無限ループ」のような子供のイタズラ程度のプログラムまでが対象に含まれてしまうことになり、軽微なものが多数検挙され、本当に対処が必要な事案に対してリソースを集中することができなくなってしまう懸念があります。(軽微なのに「不正指令電磁的記録」という大仰な罪として検挙されてしまう人達も気の毒です)
JavaScriptでプログラムされていれば、「サンドボックス内」でしか動作しないので基本的には安全であり、「ユーザーヘの影響や弊害」が低いものとなります。しかし、ユーザーへの通知がされないと「意図に反する」と判断されてしまうので、現状としてJavaScriptプログラムの多くはその設置をわざわざ通知していないことから、次の段階の「社会的容認」についての検討に進むことになってしまいます。
「社会的容認」を判断するには、関係者(専門家を含む)の評価や(関連技術の)動向を考慮する必要があるので、これを専門的なIT知識を持たない警察官や検察官が適切に判断するのは難しく、本来はこの罪に該当しないプログラムまで片っ端から検挙して、略式起訴で有罪にしてしまうことが今後も起きてしまう恐れがあります。
※「不正指令電磁的記録に関する罪」の成立要件について、実際の運用における弊害が表れてきたので、そろそろ法改正が必要ではないでしょうか。
将来的にどんなマルウェアが現れてくるか予想できないので、そうした新手に対応できるよう予防的に「意図に反する」という緩い縛りにして、その都度「不正電磁的記録」かどうかを判断することにしたのでしょうけれど、実際の運用面での弊害が大きくなってきています。 https://t.co/1ky7lIAYOM
— 片瀬久美子🍀 (@kumikokatase) March 5, 2019
【検察の控訴について】
コインハイブは、他の広告プログラムと比べても閲覧者のPCへの負担は大差なく、ユーザーのPC内のプログラムを破壊したり、保有するデータを消したり盗み出したりすることもなく、そもそも「マルウェア」として扱うことは不適切と考えられます。
検察は、横浜地裁の「無罪判決」を不服として控訴しました。既にコインハイブを自サイトに設置した人達の一部を略式起訴して有罪にして罰金を支払わせてしまっていることから、すんなりとは「無罪判決」を受け入れられないのだろうと推察されますが、勝算はどれだけあるのでしょうか。
控訴審で改めて裁判所の判断を仰ぐことになりますが、検察も本気を出してくると思うので、被告人となったモロさんと弁護人である平野敬弁護士にはさらにご負担が続きますが、IT技術開発を委縮させないためにも、控訴審でも頑張って頂きたいと思います。
高裁でも「無罪」の判断が下されることを期待しています。
※一審判決では、「反意図性」はないとする弁護人の主張は「本罪の成立範囲を不当に限定することにつながる」として否定されましたが、この「反意図性」は適度な限定をしておかないと捜査機関による無闇な検挙を誘発してしまうことになるので、控訴審ではこの判断部分について慎重に検討してもらいたいと思います。
【関連記事】