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福島県での甲状腺がん検診のこれまでの結果で、甲状腺がんの発生が多発と言えるのか?

現在、福島県の子供達に甲状腺がんの発生が増えているのかどうかについて、疫学者の津田敏秀氏から次の考察が出されました。

福島県での甲状腺がん検診の結果に関する考察 ver.3.02
岡山大学大学院・津田敏秀氏
http://www.kinyobi.co.jp/blog/wp-content/uploads/2013/03/fefc48e1bcaef4b4191bb12c61f176731.pdf

多発の確認

 2013年2月13日に行われた福島県民健康管理調査検討委員会の発表によりますと、2011年度に行われた38,114人(対象者は47,766人で79.8%の受診割合)の0歳から18歳を対象とした甲状腺がん検診で、3例の甲状腺がんが、すでに手術され確認されたそうです。2月13日に記者会見された福島県立医大の鈴木教授によりますと、検診対象者の年齢層での甲状腺がんの発生率は年間100万人に1人ぐらいだそうです。本稿ではまず、この甲状腺がんの検出が、この地域での甲状腺がんの多発を意味するのかどうか、比較をやってみて検証を行います。

以下に整理していきます。

・発見確率3人÷38,114人は、「がんの状態」の人を発見した確率。これを有病割合(有病率)と呼びます。
・100万人に1人ぐらいという数値は「がんが発生」してきた従来の発生率(X)。
・福島での甲状腺検診での発生率(Y)

・がんのように比較的珍しい病気の場合、有病割合と発生率の関係の近似(Rothman 2012)が成り立つ。
有病割合≒発生率×平均有病期間(D)
有病割合/平均有病期間(D)≒発生率

※平均有病期間とは、病気があると分かってから病気が治るまで、あるいは死亡するまでの期間。(by 津田氏)

[有病割合](3÷38,114)/[平均有病期間]D=[発生率]Y

[発生率]X=1/1000000に対して[発生率]Yは、何倍か?

Y/X={(3÷38,114)÷D}/(1÷1000000)
   =3×1000000÷38,114÷D
=78.7÷D(倍)

※Dの値を知りたい

津田氏の場合、初老の女性の胃がんのケースから、D=7(年)として計算
78.7÷7=11.24(倍)
とし、多発と判定

しかし、Dはこれでいいのでしょうか?

成人の検診における超音波検査における甲状腺がん発見確率(有病割合)。
「日本における甲状腺腫瘍の頻度と経過−人間ドックからのデータ」の表3
http://www.japanthyroid.jp/commmon/20100102_07.pdf

甲状腺がんの有病割合は、0.49%
(ただし、表2に示されている様に超音波検査による甲状腺がんの発見率には幅があり、大まかな目安としての数値です)

罹患率(集団における疾病発生率)は、厚生労働省のデータから、
http://ganjoho.jp/public/statistics/pub/statistics01.html

年齢別グラフは、http://ganjoho.jp/pro/statistics/gdball.html?16%2%2

・成人の発生率(Z)は、全体の中での18歳以下の罹患率が少ないので、全年齢のデータが成人の罹患率とほぼ同じと見なして、
10万人当たり男性3.4人、女性10.8人→男女ほぼ同数として、平均7.1人

この場合のDは、
[有病割合]0.0049/[平均有病期間]D=[発生率]7.1÷100000
0.0049÷7.1×100000=D
D=69.0(年)

この[平均有病期間]Dの値は成人の場合ですが、これを適用すると、
78.7÷D=78.7÷69.0=1.1(倍)
これだと、現時点では多発とは言えないのではないでしょうか?

また、平均有病期間(D)について、津田氏は7年とした理由をこう述べています。

 問題は平均有病期間Dの値です。これを例えば50年というような長い期間にしてしまうと、一生かかってがんになることになり、これは果たしてがんと言って良いのかどうか分からなくなります。私の研修医時代の経験で、初老の女性で早期胃がんが発見されたのに断固として手術を拒否して7年ぐらいでお亡くなりになった方がおられました。初老の女性と今回対象の小児とでは全く異なりますし、検診による早期胃がんの発見から臨床症状が出て受診するまでの期間は、検診による早期胃ガンの発見から亡くなられる迄の期間よりも短いですが、とりあえず、この7年という期間を仮に当てはめますと、11.24倍の多発になります。7年というのはかなり大きめの値を当てはめましたが、これはかなりはっきりとした多発です。

太字は、私の方でしました。
甲状腺がんの場合は特殊で、甲状腺がんを持っていても気が付かずに一生を終えるケースが意外と多いという事実は、あまり知られていません。
先に紹介した『日本における甲状腺腫瘍の頻度と経過−人間ドックからのデータ』の「甲状腺腫瘤および癌の頻度」の項には、甲状腺は、剖検によって初めて発見されるラテント癌(潜在癌)の多い臓器であると解説されています。
フィンランドでは、剖検例の35.6%に甲状腺癌が発見されているとありますが、高い割合ですね。
がんになっても気が付かずにそのまま放置されているケースが多いのが甲状腺という臓器の特徴なのです。

なので、成人の検診におけるデータから算出した、平均有病期間(D)50年以上であっても殊更に変ではないと思われます。
甲状腺がんの特徴とは大きく異なる(津田氏が遭遇した初老女性の)胃がんのケースを当てはめて推定するよりも、成人の甲状腺がんのスクリーニングのデータを適用する方が、より近い推定になってくると思います。

ということで、(私の計算にどこか大きな間違いがなければ)現時点では福島の子供達に甲状腺がんが多発という結論をしてしまうのは拙速ではないかと考えます。

※まだ甲状腺がんであるかどうかの確定診断がされていない人達がおり、その結果を待ってからではないと確定数がどれだけ増えるか分かりませんので、現時点で多発かどうかの判断は難しいと思われます。

(うっかり者なので、計算が間違っていたらどうしよう?ドキドキ)

<補足>
潜在しているがんが多いケースについて、顕在化したがんを扱っている罹患率(発生率)と、調べなければ潜在したままであったがんも積極的に発見されるスクリーニング検査での有病割合とを組み合わせて計算していますが、これは津田氏の方法に合わせたものです。
集団検診が一般化しているがんとは背景が異なっているので、その点については念頭に置いておいて下さい。

※さらにこれに関して補足

「平均有病期間=有病割合/罹患率」が成立する条件として、集団における疾病の発生状態が安定している場合という前提があります。
普段集団スクリーニングが行われていない疾病について潜在してる疾病が多い場合は、集団スクリーニングすることによって、それまでよりも見つかる疾病が増えるのでその前提が崩れます。

ですので、私の有病期間69年というのも、実は怪しくなります。
 
津田氏は、甲状腺がんにはステルス癌(潜在癌)が元々多いということをご存知なくて、うかつに「平均有病期間=有病割合/罹患率」という式を適用させてしまったのではないかと思います。
津田氏が有病期間を7年としてその式を適用したことに、「多発」という判断のカラクリがあったのです。

※さらにこれに関して補足の補足

もし、福島の検診の代わりに、成人の検診のケースに津田氏の「有病期間=7年」と「平均有病期間=有病割合/罹患率」を適用すると、どうなるでしょうか?

Y/X={(490/100000)÷D}/(7.1/100000)
   =69.0÷D
   =69.0÷7
   =9.9(倍)

ということで、過去の成人検診のケースでもほぼ10倍であり「多発と判定」されてしまいます。
こういう結論になるのは、やはり変ではないでしょうか?


<補足2> 別の計算方法
上の計算では、津田氏に合わせてDを求めてから計算しましたが、有病割合/平均有病期間(D)≒発生率 の式を、一般的に集団検診がされていない病気のケースにも適用できるかどうかという疑問があります。

実は甲状腺がん検査について、成人での対応するケースがあるのでDを求めなくても比較ができます。

[福島の検診の場合]有病割合=3人/38114人=7.87人/10万人 発生率=0.1人/10万人 
          有病割合/発生率=78.7

[成人の検診の場合]有病割合=0.49%=490人/10万人     発生率=7.1人/10万人 
          有病割合/発生率=69.0

福島の検診と従来の成人の検診の場合を比べて、有病割合/発生率の値はそれぞれ、78.7と69.0になります。
よって、福島の検診では、従来の成人でのケースと比べて78.7/69.0=1.1倍となり、現段階ではほぼ同じということになります。

※こちらの、シンプルに比較する考え方による方法だと、平均有病期間(D)の値の妥当性について余計に悩む必要はなくなります。


関連エントリー
甲状腺がんの特殊性と福島県で実施されている甲状腺検査の診断基準について

http://d.hatena.ne.jp/warbler/20130324/1364103703


※こちらもご覧下さい
Togetter:片瀬さんの「福島県での甲状腺がん検診のこれまでの結果で、甲状腺がんの発生が多発と言えるのか?」を巡るやりとりのまとめ
http://togetter.com/li/497008