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政治と疑似科学

ニセ科学 親学 EM関係

WEBRONZAの記事より転載。一部加筆修正しました。

 民主主義政治における政策決定と科学的な根拠を重視する考え方には、深い関係があります。どちらも、「ある意見の価値は、その意見を支持する人の思想・信条や社会的な地位とは関係無く、その意見を支える事実や論拠に基づいて判断する」ということが原則としてあります。時には、この原則がイデオロギー(思想・信条)によって歪められてしまうことがあります。

イデオロギーと科学

 ソ連では、生物学の中では「異端」であったトロフィム・ルイセンコ氏の学説を政府が採用し、彼の学説と対立していた「正統な」生物学者達が追放されたことで、結果として農業が立ち後れて食料の生産に影響がでました。時代背景としては、まだ遺伝子とその発現機構についての研究が途上であり、ルイセンコ氏の獲得形質遺伝の説も捨てがたかったという状況があります。学術上の論争がイデオロギー絡みになって勝敗が決められてしまったのは、とても不幸なことでした。まだきちんと実証されていない段階で、イデオロギーと合致していることで「正しい理論」としてしまうのは拙速です。

 日本でもこのルイセンコ事件の余波がありました。ルイセンコ氏の支持者達は、科学者が実験してその効果を確認するのを待てずに、直ちに農場で農民と一緒にルイセンコ氏が考案したヤロビ農法を実践しました。結局、上手く行かずに数年で廃れてしまった様です。巻き込まれた農民の多くは、気の毒だったと思います。当時の論争の様子は、『日本のルイセンコ論争』(中村禎里みすず書房)に詳しく書かれています。
 著者の中村氏は、「実験という特別の実証手段が確立されているため、哲学的方法よりも実験が、研究をすすめるうえで主軸となる」と述べています。哲学的な論議よりも科学的な実証を行っていく方が、実際にどうであるかを知るのに適しています。科学は、科学者間の勢力関係による勝敗ではなく、実証と合理的な考察によって進められていくものです。
 中村氏は「学説の対立解決にイデオロギー闘争をもちこむことは、無意味であるばかりか、しばしば研究に害悪をもたらすことにもなる」「研究者の世界観によって、自動的に研究成果の真偽が定まるなどという事情は絶対にありえない」と主張しています。
 「科学的に実証されること」が、「イデオロギーによって正しいとされること」よりも軽んじられてしまうのは危ういことです。
 また、「特に甚だしい害毒を流してきたものは、…反動、資本主義、御用学者らの言辞をもって良心的な遺伝学者を萎縮させようとした人々である」と指摘しています。こうしたイデオロギー絡みの問題は、歴史の中で何度も繰り返されています。

 ルイセンコ事件と同様な農業関係の政策失敗例として、北朝鮮で(効果の実証に乏しい)EM農法が取り入れられたことがありました。これで食料不足は一気に解決というEM推進側の宣伝とは裏腹に、食料不足の状況にあるのにEMの培養にとうもろこしが大量に必要で、さらに期待された効果もみられなかったことから、全国的に肥料工場を作ったものの結局頓挫しています。日本では、EMによる環境対策などを実施している自治体があることは以前の記事でも指摘してきましたが、政策に科学的に効果が実証されていない方法を取り入れるのは避けるべきだと思います。

 最近では、ふくしま復興イベントとして採用されたホタルプロジェクト(「ホタルの光るところは放射線が低い」という説を唱える人物の提案により、ゲンジボタル300匹が川に放流されました)の問題を指摘した専門家が、それが原因で危うく職を失いかけるという出来事もありました。 ホタルプロジェクトの根拠とされた研究データは、捏造が指摘されているものです。まともな専門家が政治的な力を得たニセ科学によって追いやられることはあってはならない事です。問題とされたプロジェクトの中心になっていた研究者は、他にもナノ純銀粒子による放射性物質の低減を宣伝していますが、これも眉唾ものです。

 イデオロギーに都合良く、科学研究の内容を曲げて伝えることにより”科学によるお墨付き”があるかの様に利用する場合もあります。「体罰の会」が体罰を正当化する為に、動物行動学者のコンラート・ローレンツ氏が「種内攻撃は悪ではなく善である」と科学的に証明したと宣伝していますが、これは全くのデタラメです。


■政策に入り込もうとする疑似科学

 昨年末に発足した安倍政権が力を入れている政策の1つが教育再生です。「教育再生会議」は7年前に設けられました。その当時の官房副長官であった下村博文氏が文部科学大臣に、「教育再生会議」担当室長であった義家弘介氏が政務官に任命されています。安倍氏とこの両氏は、親学推進議員連盟のメンバーでもあります。

 「親学」とは、”親とは何か、親に求められる事は何かなど、親として学ぶべき大切なことを伝えるもの”と紹介されています。高橋史朗氏が提唱してきたもので、基本的に戦後の教育を否定して祖父母時代の戦前の教育を”伝統的子育て”として礼賛しているものです。提唱されているものには、多くの人達が納得しやすそうなものもありますが、

江戸しぐさ過去を美化した架空の話という指摘があります)
追記:「江戸しぐさ」について詳しく調べて批判している本を紹介します。

歴史捏造の成立過程など、とても読み応えのある内容で面白いです。

「朝ごはんを食べると成績が良くなる」(注:朝ごはんを食べる事と成績の良さに相関があっても、それだけで因果関係があると判断することはできません。朝食を食べても勉強をしなければ成績は良くならないでしょう。朝食をきちんと食べるなどの生活習慣が整っている子は家での勉強時間も確保できているのではないか等、別の理由を考えることもできます)

「2歳まではテレビ、ビデオ、DVDは見せない」ニセ科学として名高い「ゲーム脳」によるもので、とても疑わしい育児法です。それに、同居している家族がTVなどを見ている時は子どもだけ目隠しさせるというのでしょうか?)

「最近頻発している少年凶悪犯罪」(少年による凶悪犯罪は実は減っています。ピークは1958年〜1966年

など、随所に根拠が疑われる言説が混ざっています。「親学」には道徳や人生観に関わる内容も盛り込まれています。高橋氏が理事長となっている親学推協会のHPにある動画を見ると、まるで人生訓を前面に出した「自己啓発セミナー」の様な印象を受けます。内容もマニュアル的です。親学推進協会の評議員には怪しい「ゲーム脳」の提唱者である森昭雄氏が入っており、特別委員にはオカルト的な「胎内記憶」の提唱者である池川明氏が入っています。

 高橋氏は、昔と同じ育て方をすれば発達障害を防ぐ事ができるとして、『脳科学から見た日本の伝統的子育て―発達障害は予防、改善できる』というタイトルの本を書いています。高橋氏はこの本の中で、澤口俊之氏、金子保氏、片岡直樹氏らによる、発達障害の発症には環境要因や子育てによる影響が大きく、早期に発見して適切に育てれば「治る」という主張を肯定的に紹介しています。特に片岡直樹氏は「自閉症はすべて後天的に発症する」として「自閉症は乳児期の愛着障害である」いう主張をしている人物です。しかし、発達障害は親の育て方とは無関係の先天的な障害であることが広く認められており、育て方によって「治る」「予防できる」という性質のものではありません。発達障害児として一括りにして考えるのも杜撰で、同じ自閉症と診断された子の間でもバリエーションの幅が広く、それぞれの個性に合わせた育て方が必要になるので、一律に「こうすべきだ」とするマニュアル的な育て方は逆に害になることすらあります。高橋氏の主張には科学的な根拠が欠けている上、親の愛情不足や育て方が悪かったせいで子どもが発達障害になると誤認させるものであり、発達障害児の親を苦しめさせるものとして強い批判を浴びています。本のタイトルには脳科学という言葉が入っていますが、内容はとても怪しいものになっています。明かな間違いだと判明している「予防接種で自閉症になる」という説まで紹介しており、色々なトンデモ説が散りばめられています。

 昨年、大阪維新の会から「親学」に基づいた「家庭教育支援条例案」が出された事に対して、日本児童青年精神医学会日本小児神経学会からその問題を指摘をした声明が出されています。
 また、高橋氏と親学推進協会の顧問である櫻井よしこ氏は『教育における体罰を考える』というシンポジウム(平成21年6月開催)で体罰に対して肯定的な意見を出しています。一連のやりとりの中ではオバマ大統領の肌の色に対するヘイトスピーチも容認されていました。
(※訂正:「体罰積極肯定派の人たちは、基本的にノスタルジーとファンタジーに生きている人が多い」という感想は、この取材をした津田大介氏ではなく、津田氏の取材内容を紹介したオダタケシ氏によるものであるとのご指摘を頂きました)

 文部科学大臣の下村氏は、 親学推進議員連盟の事務局長として「親学」を推進していますが、前述した問題のあるホタルプロジェクトに関わった研究者の話や、科学的根拠に欠けるEM技術による放射線被曝対策の話をブログに書いており、これらを鵜呑みにしていないか危惧されます。

[※追記]
下村氏は、3/6に国会で森ゆうこ参議院議員(生活の党)からのナノ純銀による放射性物質除染についての質問に対し、JAEAの実証実験(大学と2回試験したが、効果は認められず)でナノ純銀除染は効果が証明できなかったと返答されました。ナノ純銀除染について否定されたので安堵しました。

EM菌による放射線被曝対策についても、科学的に効果が証明されていないという事を調べて下さっていることを願います。

 親学とは別に、教育再生会議のメンバーである佐々木喜一氏が経営する成基コミュニティグループの50周年記念式典では疑似科学系(オカルト&ニセ科学)の映画が上映されました。出演者の1人であるディーパック・チョプラ氏はニセ医療系の量子ヒーラーとして知られる人物です。他の出演者も同様に神秘主義的なスピリチュアル系の思想を持つ人達です。この式典には、文部科学大臣下村博文氏も出席してその時の様子をブログに書かれています。

 また、同会議のメンバーの八木秀次氏は、復古的で民族主義色の強い歴史教科書を作った「新しい歴史教科書をつくる会」の元会長です。安倍政権が掲げる教育政策の内、日本の伝統文化に誇りを持てる教科書づくりのために検定基準を見直すという方針と関係していると思われます。八木氏は、皇位継承問題で「Y染色体の男系連続性」説を提唱して物議を醸した人物です。染色体には遺伝情報が含まれており、ヒトでは常染色体22対(染色体44本)と性別を決める2本の性染色体(組み合わせXX:女性、XY:男性)の合計46本の染色体があり、両親が持つ染色体の対の半分ずつが子に伝えられます。Y染色体の存在は歴代天皇のほとんどの世代では知られておらず皇位継承に考慮されることはありませんでした。Y染色体皇位継承の関係は後付けの理由にすぎません。遺伝を考えるならY染色体だけを考慮して他の染色体を考慮しない理由が示されていません。皇位継承の根拠とするにはとても弱いと思います。

 ”昔は良かった”的な「親学」をはじめとする復古趣味の思想に根差した疑似科学系の言説に親和性のある人達がメンバーに選ばれている「教育再生会議」で、どの様な政策が立案されるのか興味深いです。根拠に乏しい言説が政策に取り込まれない様にと、切に願います。


■政党によらず忍び寄る疑似科学陰謀論

 疑似科学系に弱いのは一部の政党に偏った問題ではありません。ニセ科学の宣伝に利用されてしまった政治家の例として、放射線健康被害を誇大に主張する一方で根拠の無い放射線対策を宣伝する人物を反原発集会に招いて講演させた福島みずほ氏社民党党首)、「口蹄疫のまん延を防止するため防疫装置の実施に尽力された」として科学的根拠に乏しいEMによる防疫法を宣伝している人物に感謝状を贈った山田正彦元農林水産相(昨年末の選挙では「日本未来の党」から出馬)、体から発する「波動(あるいは気)」を読み取って健康状態を調べたり逆に「波動(あるいは気)」を体に送り込んで治療ができるというインチキ波動医療器機内部被曝検査をするという業者に利用された関口太一氏をはじめとする4名の都議(民主党)なども記憶に新しいところです。
また、原子力産業複合企業である仏アレバ社が「福島のエートス」という市民活動等を裏で手引きしているという(事実無根の)陰謀論を信じて党のHPにそれを語った動画(5分33秒〜)を掲載している田中康夫氏新党日本代表)の例もあります。

ここに挙げた例は、ほんの一部にすぎません。