BPO「STAP細胞報道に対する申立て」に関する委員会決定について

2017年(平成29年)2月10日に、小保方晴子氏の申立により放送倫理・番組向上機構[BPO]の放送人権委員会が『NHKスペシャル 調査報告 STAP細胞 不正の深層』に対して人権侵害があったかどうか審議し、その結果が報告されました。

 

BPO「STAP細胞報道に対する申立て」― 勧 告 ―

 http://www.bpo.gr.jp/wordpress/wp-content/themes/codex/pdf/brc/determination/2016/62/dec/k_nhk_62.pdf

 

この報告書の中で、「ES細胞混入疑惑に関する名誉毀損の成否」に関する部分について、要約して整理してみました。

 

[番組構成]

① ハーバード大学のジョージ・デイリー教授(以下、役職名や組織名は本件放送当時のもの)のインタビューを交えた同教授の研究を紹介する部分

② 若山氏がSTAP細胞の有無について検証していることを紹介する部分

③ 理研の遠藤高帆上級研究員による解析結果を紹介する部分

④ 遠藤氏の解析結果を知らされた若山氏の反応とES細胞混入疑惑の提示部分

⑤ この疑問に対する若山氏と申立人の主張を紹介する部分

⑥ 不正疑惑の発覚後、申立人の研究室で使われる冷凍庫から見つかった細胞に関する部分

⑦ まとめの部分

 

【委員会決定】

※名誉毀損の人権侵害に当たるとの判断に至った主な要因は、関係部分の構成として整理した⑤までの場面と⑥との間に連続性が認められたことにある。

 

【補足意見】(二関 辰郎 委員、坂井 眞 委員)

・⑤までの場面と⑥の場面で触れられるES細胞については、特に「アクロシンGFP」への言及はない。しかし、いずれも「若山研究室にあったES細胞である」という点は共通しており、そのことが番組で指摘されている。

・⑤までの場面と⑥の場面とは連続しており、そのように連続した場面でいずれもES細胞への言及がなされている。

 

 【少数意見】(奥 武則 委員)

・同一番組の同一パート(「STAP細胞は存在するのか?」というサイドマークが画面にある)なのだから、委員会決定が「⑤までの場面と⑥とを連続させて捉える」としたのは当然である。だが、摘示事実の判断において考慮すべきは、そうした意味の連続性ではない

 

 ①公開されていた遺伝子情報を遠藤氏が解析した結果、若山氏が申立人からSTAP細胞だとして渡された細胞(X)にはアクロシンGFPという特殊な遺伝子が組み込まれていることが分かった。

②若山研究室ではアクロシンGFPが組み込まれたマウスから作製したES細胞(Y)を作り、保管していた。

③申立人が使う冷凍庫から若山研究室の元留学生が作製したES細胞(Z)が見つかった。

 

・委員会決定は、本件放送の関係部分は、X=Y=Zの可能性を伝えていると捉えている。

・⑥にはX、Y、Zの同一性に言及したナレーション等はない。本件放送の関係部分は、X=Y=Zの可能性にはふれていない

・NHKは、⑤と⑥との間に、理研CDBの建物の映像と「取材を進めると、ES細胞をめぐって、ある事実が浮かび上がってきた」というナレーションが入っていることを理由に、⑥は⑤とは独立してES細胞をめぐって新たな事実が分かったことを伝えるものと主張しているが、このNHKの主張に一定の説得力がある。 

 

 関係部分による摘示事実

a)STAP細胞の正体はES細胞である可能性が高いということ

b)若山氏の解析及び遠藤氏の解析によれば、申立人の作製したSTAP細胞はアクロシンGFPマウスから作製されたES細胞である可能性があること

c)STAP細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたES細胞に由来する可能性があること

d)申立人は元留学生作製のES細胞を何らかの不正行為により入手し、混入してSTAP細胞を作製した疑惑があること

 

公共性・公益目的について

・高い公共性を有する

・公益を図る目的が認められる

 

真実性・相当性について

摘示事実a)認められる

摘示事実b)認められる

摘示事実c)認められない

摘示事実d)認められない

 

c)STAP細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷凍庫に保管されていたES細胞に由来する可能性があること

 

【委員会決定】

・NHKは「留学生のES細胞が、STAP問題に関連していなかったと言うことは科学的には出来ない」という遠藤氏の指摘を引用しているが、可能性が否定しきれないという程度では、真実性が証明されたとは言えない

・真実であると信じるについて相当性があることを示す資料も示されていない

  

【少数意見】(奥 武則 委員)

・委員会決定は、STAP細胞が、元留学生の作製したES細胞である可能性を裏付ける資料は示されていないとするが、本件放送の関係部分はX=Y=Zの可能性にふれていないのだから、この点について「可能性を裏付ける資料」をNHKに求めるのは、「ないものねだり」である。

 

【少数意見】(市川 正司 委員)

・元留学生の作製したES細胞が混入してSTAP細胞ができたのではないかという疑惑を裏付ける積極的な事情は示されていない

・元留学生の作製したES細胞とSTAP細胞を結びつける疑惑については、真実と信じたことの相当性があるとはいえない

・しかし、この部分の摘示事実のみを捉えて申立人の社会的評価が相当程度低下したと評価することは考えにくく、その他の主要な部分が、真実であり、あるいは真実と信じたことについて相当性がある本件放送について、委員会があえて名誉毀損とするべきものではない

 

d)申立人は元留学生作製のES細胞を何らかの不正行為により入手し、混入してSTAP細胞を作製した疑惑があること

 

【委員会決定】

・元留学生のES細胞がSTAP細胞であった可能性に真実性・相当性が認められない以上、元留学生のES細胞を混入してSTAP細胞を作製したとの疑惑は、真実性・相当性のいずれも認められない

・申立人が元留学生作製の細胞を何らかの不正行為により入手したとの点についても、その真実性・相当性を基礎づける資料は示されていない

  

【少数意見】(奥 武則 委員)

A.STAP細胞は結局、従来からある別の万能細胞のES細胞だったらしい。

B.しかし、作製に係った若山氏、小保方氏(申立人)はともにES細胞混入の可能性を否定している。

C.ところが、小保方氏が使う冷凍庫にES細胞が保存されていることが分かった。これを作製した人物は「なぜ、そこにあるのか分からない。驚いた」と言っている。

D.やはり、ES細胞の混入あるいは何らかの不正行為があったのではないか。

 

Dの疑惑を投げかけられたのは申立人である。

疑惑を投げかけた報道という点では、Dにも相当性が認められる

  

【少数意見】(市川 正司 委員)

d)について、本件放送は「申立人は元留学生のES細胞を何らかの不正な行為で入手し、申立人がSTAP細胞を作製する過程でこのES細胞の混入が生じた、という疑惑があるという事実を指摘していると考える。

d)の後半部分とc)は同じ趣旨である。

申立人は、STAP細胞は、ES細胞とのコンタミが生じる可能性がない環境で作製されたと記者会見で述べていたが、その一方で、STAP細胞の正体はES細胞ではないかとの疑惑が生じており、申立人の周囲にES細胞が存在していた可能性が生じた。また、元留学生が、自ら作製したES細胞が何故小保方研究室にあったのかわからないと述べている状況の中で、小保方研究室の冷凍庫にES細胞が保管されるに至った経緯について、申立人は明確な説明をしていなかった

 

・本件放送が示した程度において、疑惑があるとNHKが信じたとしても、相当性はある。 

 

【 まとめ】

「STAP細胞は、若山研究室の元留学生が作製し、申立人の研究室で使われる冷

凍庫に保管されていたES細胞に由来する可能性があること」

 

【委員会】真実性・相当性を裏付ける資料が提示されていない→名誉棄損

【奥委員】本件放送ではその可能性にふれていない→名誉棄損にならない

【市川委員】社会的評価が相当程度低下したと評価できない→名誉棄損にならない

 

「申立人は元留学生作製のES細胞を何らかの不正行為により入手し、混入してS

TAP細胞を作製した疑惑があること」

 

【委員会】真実性・相当性を裏付ける資料が提示されていない→名誉棄損

【奥委員】疑惑を投げかけた報道であり相当性が認められる→名誉棄損にならない

【市川委員】疑惑があるとするのは相当性がある→名誉棄損にならない

 

 

NHK広報局: BPO決定についてのコメント

http://www.nhk.or.jp/pr/keiei/otherpress/pdf/20170210.pdf

「BPOの決定を真摯に受け止めますが、番組は関係者への取材を尽くし、客観的な事実を積み上げ、表現にも配慮しながら制作したもので、人権を侵害したものではないと考えます。今後、決定内容を精査したうえで、BPOにもNHKの見解を伝え、意見交換をしていきます。また、放送倫理上の問題を指摘された取材の方法については、再発防止を徹底していきます」