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『石の虚塔』と研究不正

研究不正

『石の虚塔』(上原善弘著 新潮社)の書評として、研究不正に関する部分を抽出してまとめてみました。

敬称略

・捏造を行った人物:藤村新一(相澤忠洋に憧れる)「神の手」「ゴッドハンド」
・お墨付きを与えた権威:主に芦沢長介(過去に相澤忠洋を大抜擢して成功した経験があった)
内部告発者:角張淳一(発掘調査会社アルカ代表)
・疑問をもった第三者の研究者:竹岡俊樹

[背景]
 前期旧石器を巡る論争があり、前期旧石器の存在証拠が望まれていた。
「アマチュアは掘って発見する人」「専門家はそれにお墨付きを与える人」という分業体制。
アマチュアであった藤村の発掘の多くは正式な論文として発表されておらず、本来必要な学術的な検討が十分ではなかった。

[捏造の手口]
 地層に石器(ニセ物:年代の新しい別の時代の石器など)を埋めておき、研究者の目の前や研究者自身に掘り出させることで信用させた。

[捏造発覚までの経緯]
 発掘中に考古学研究者達の議論に藤村が参加することはなかったが、「この石器が出たということは、次はこんなのが出るのではないか」という話が出ると、その後に予想した通りの石器を藤村が次々と発掘していき、研究者達を喜ばせていた。
(期待されていた結果を出し続けて上司を喜ばせ、優秀だと思われる)
 角張淳一は、藤村新一の同志として一緒に発掘をする仲間であった。しかし、やがて発見があまりに藤村一人に集中していることから疑問を抱くようになった。
 竹岡俊樹は海外の大学に留学して最新の石器研究方法を学び、パリ第6大学にて考古学で博士の学位をとっていた。彼は藤村石器に真新しいキズがいたる所にある事に気付き、疑問を持つ。角張から発掘の状況を聞いた竹岡は、捏造ではないかと考え、日本考古学協会の会長に調査を要請した。しかし、「偉い先生方がみな認めている」という返答であった。
 芹沢は、藤村石器が原始的な石器とは特徴が違っていたのに、自説である「日本に旧石器時代は存在する」という仮説が認められて疑念を持つことなく満足してしまっていた。
(これも、確証バイアスと思われる)
 竹岡は前期旧石器発掘の証拠とされる証拠写真にあった石器の一つに、地表近くにあった事を示す黒土が付着していた事で捏造の疑念を強め、専門誌「旧石器考古学」に「『前期旧石器』とはどの様な石器群か」という批判論文を出したが、掲載には一悶着があった。この論文で前期旧石器のほとんどが「一人の特殊能力の持ち主によって発見されている。これらの石器はオーパーツだ」という記載の削除を編集委員会から求められ、竹岡は不本意ながらそれに従った。(オーパーツとは、その時代に存在しなかったものという意味)
 この批判論文は、ヨーロッパの石器と日本の石器は違うのだとして考古学界からは相手にされず、むしろ竹岡の嫉妬からだと思われてしまった。
(不正指摘をすると成功者への嫉妬だと思われてしまう弊害の一例)

 角張は、どうにかして藤村石器が捏造だという事を公表しようと考えたが、発掘を請け負う調査会社が捏造を指摘するのは大きなリスクがある。それに角張の親友でもあった藤村が「神の手」「ゴッドハンド」と称賛されている状況から突き落とす事になる。
 しかし、正義感の強かった角張はかなり悩んだ末にやはり告発をする決意をし、2000年7月24日に自社のHPに「前期・中期旧石器発見物語はおとぎ話か」という題で、藤村の捏造を指摘する論文を一般公開した。しかし、世間からの反応の多くは角張に対する憎悪だった。会社には脅迫電話がひっきりなしに掛かってきて、考古学界の長老からも脅された。
(STAP事件でも、不正の疑義を指摘した人達に脅迫などの嫌がらせが行われた)

 この状況を変えたのが、大手メディアが調査に乗り出した事であった。2000年8月に毎日新聞に取材班が編成され、本格的に調査が開始された。藤村の発掘現場をこっそり望遠レンズで見張り、捏造の決定的な瞬間を撮影した(2000年10月22日)。
 写真と動画を見せられた藤村は捏造を白状した。
 このスクープは連日マスコミで取り上げられ、それまで捏造を指摘されても対応しなかった考古学界は未曾有の混乱に陥る。
 考古学協会は検証委員会を立ち上げ、2003年に「藤村が関わった遺跡全てが捏造」という調査報告を出して終了した。
 この事件で教科書が書き換えられ、日本の前旧石器研究は大きく後退した。
(分野の権威が関わる不正に対して、所属組織は外部からの指摘でようやく動いた)
 曲がった事が嫌いで内部告発をした角張は、その結果親友であった藤村を栄光の座から突き落とし、芦沢教授をはじめ世話になった多くの関係者を巻き込んだと気に病み、それを紛らわす為に飲酒量が増えた事で体調を崩して52歳で急死した。告発した側も親しい人を裏切ったという思いから精神的なストレスを抱えることになる。
(2006年に阪大で起きた論文不正事件では、教授を内部告発した助手が自殺している)

※こうして経緯をまとめると、これまでに生命科学分野で起きた研究不正事例とも共通する問題点があったことが分かります。

石の虚塔: 発見と捏造、考古学に憑かれた男たち

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