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読んだ本の紹介

書評

ツイッターでつぶやいていた読後感想のうち、お薦め本を選んでまとめました。

「カルト宗教」取材したらこうだった (宝島社新書)藤倉善郎著)2012年08月15日読了

 ニセ科学批判をして感じている事とかなりオーバーラップしている部分があり、読み応えがありました。(ライターとしての参考にも)ホメオパシーに関する話題も取り上げられています。カルト問題についての入門としてお薦めです。問題のある団体について批判していると、訴訟恫喝されることはよくあります。私にも経験があります。毅然とした態度でいることが大事という、藤倉さんのご意見に納得です。あとがきにある、被害者に対して「そんな宗教を信じた方がバカなのだ」という世間によくある自己責任論の問題性については、ニセ科学を信じて騙されてしまった被害者に対しても共通しています。「あなただって、いつ巻き込まれるかわからないんですよ」というメッセージを伝える大切さを痛感しています。

「カルト宗教」取材したらこうだった (宝島社新書)


カルト資本主義 (文春文庫)斎藤貴男著)2012年09月28日読了

 環境活動や学校教育に「…に良い」という人伝いの話を鵜呑みにして安易にEM菌を導入したり、自宅出産は病院出産よりも良いことが多いという宣伝を鵜呑みにしてしまう人たちがいます。教えられたことを懐疑せずに素直に受け入れる「思考停止」の傾向は怖いです。変なものに引っかからないためには、何事にも「それってホント?」と立ち止まって考えることが、とても大事です。世の中が閉塞状況になると「終末思想」や「オカルティズム」に傾倒する人達が増えます。昨年の原発事故は、その傾向を加速したのかもしれません。放射能対策としてニセ科学が一気に蔓延り、野呂美加さんに代表される様な「科学的・論理的な思考よりも、直感的・感情的な思考」を重んじる人達が以前よりも支持を集めました。そうした風潮の中、考えることを身につけるはずの学校教育(総合学習の授業)の中で、教師が「良い事なんだから、疑わずに実践しましょう」と生徒を指導してしまうのはとても問題だと思います。将来、社長や組織の長の指示を素直に聞く「○蓄」を養成する目的ならば、理想的な教育になりますが…。(会社に入社した時に、配属先の所長による新入社員への訓示で、奥さんが難産で危ないという時にも出社して見事に仕事を果たした先輩社員の会社への忠誠心を「美談」として披露された時の違和感を今でも思い出します)
 ヤマギシ会についても、その実態について調べた事が書かれています。この本に書かれている、船井系のオカルト&ニセ科学(EM菌も含む)と、ヤマギシ会などのカルト、マルチ系の商法、どれも最近また活発になっている様子があります。この本は残念ながら絶版になっていますが、丁寧な取材に裏付けられており、今読んでも参考になります。

カルト資本主義 (文春文庫)


「悪意の情報」を見破る方法 (ポピュラーサイエンス) (シェリー・シーサラー著 飛鳥新社)2012年10月14日読了

 科学を誤解するポイントと、利害関係者やメディアが人々を騙す手口について、20の項目に分けて良く纏められている解説書です。巻末にある菊池誠さんの「あとがき」も参考になると思います。本文P248より引用「学校の科学の授業では、教科書を読んだり講義を聴いたりして、スポンジのように知識を吸収することが期待されてきた。しかし、教室の外では、ものごとを鵜呑みにせずに、疑ってかかる批判的な姿勢の方が重要であったりする。ものごとをそのようにとらえられるようになるためには、ただ受動的に知識を吸収するのではなく、情報の品質判別フィルターを装備して、そのフィルターをとおってくる情報だけを取り込むという積極的なアプローチが必要となる」
この本は、全体的にとても参考になると思います。(NMR測定の話で、サンプルチューブを薬瓶と訳してますが、訳者がNMR測定をした事がないと仕方がないかも…。ご愛敬の範囲でしょう。寄生虫腸炎の関係は仮説の範囲だということに注意が必要かと思います)
<『「悪意の情報」を見破る方法』の20のポイント>
1.正統な批判と単なる科学叩きには明確な違いがある。
2.意見が対立している、あるいは、科学的合意がなされている、といった主張はいずれも鵜呑みにしないこと。
3.科学界が自分の真価を認めようとしない、と主張する自称「革命家」には要注意。
4.バイアスはどこにでもある。
5.一次情報に立ち戻って、利害関係者達がそれぞれどのような見方をしているかを調べる。
6.2つの選択肢のいずれかを選ぶしかないように見えても、じつはそうでないことが多い。
7.リスクとメリットが示されていても、それがすべてでないことが多い。
8.あるイノベーションの応用方法の1つひとつに、それぞれ独自のリスクとメリットがある。
9.大きな視野にたつと、選択肢を客観的に評価することができる。
10.ある案の欠点を指摘しただけでは、それに代わる案が最善の策だという証明にはならない。
11.交絡因子は、あることがらの原因を見きわめるのを難しくする。
12.「盲検化」試験は、バイアスの影響を排除するのにきわめて重要である。
13.複数のタイプのデータを組み合わせると、因果関係を立証しやすくなる。
14.ある状況下で得られた研究結果は、他の状況には当てはまらないことが多い。
15.データの収集方法によって統計数字が歪められることがある。
16.統計数字を額面どおりに受けとらないこと。
17.研究結果が真っ二つに分かれている場合、真実はたいていその中間のどこかにある。
18.費用便益分析はもっとも体系的な意志決定方法である。
19.自分の思考プロセスの弱点を熟知していれば、あなたを操作しようとする相手の策略にはまらずにすむ。
20.1つの問題を掘り下げていくと、いくつもの理解レベルが、層をなしているのが明らかになる。
これら20項目について本文で詳しく解説されています。お勧め本です。

「悪意の情報」を見破る方法 (ポピュラーサイエンス)


「ゼロリスク社会」の罠 「怖い」が判断を狂わせる (光文社新書)佐藤健太郎著)2012年10月28日読了

 さまざまなリスクの考え方について、参考になります。
「化学物質」から始まり、「代替療法」や「放射線」についてまで、広い範囲で書かれています。
お薦め本です。

「ゼロリスク社会」の罠 「怖い」が判断を狂わせる (光文社新書)


なぜ疑似科学を信じるのか: 思い込みが生みだすニセの科学 (DOJIN選書) (菊地聡著 化学同人)2012年11月05日読了

 拙著「放射性物質をめぐるあやしい情報と不安に付け込む人達」(『もうダマされないための「科学」講義』収録)が引用されてました。わーい。(^^)
疑似科学ニセ科学)について、丁寧に解説されています。疑似科学に詳しい人も、考えを整理するのに役立つと思います。超オススメ!
 以下に一部を引用します。
「正統科学には、暴走を防ぐためのリミッターが何重にも組み込まれている。それを外してしまえば、驚くほど自由な運転ができるのだよ、と疑似科学はいう。人類に幸福をもたらす大発見が目の前にあるのに、どうして窮屈な世界に戻らなければならないのだろうか?」
「手足をしばられて、少しずつしか前に進むことのできない科学者を横目で見ながら、疑似科学は自由すぎる運転を繰り広げているのである。その結果、事故が起こる。疑似科学が自爆する分にはかまわないが、たいていは多くの人を巻き込むことになる」
「そうなると、斬新な発想をもてはやしていたメディアは手のひらを返したように良識派に変わるだろう。ただ、社会を流れる膨大な情報の中で、そんなことも一過性の出来事として忘れられていく。そして、次の無謀な疑似科学が現れてくる。その繰り返しだ」
 この本を読みつつ、何度もそうだよ、そうだよ、と膝をポンポンと叩きました。
 疑似科学を信じて次第に深く嵌ってしまう人達の心理についても解説されています。私がこれまで上手く言葉にできなかった事についても心理学的な側面から言語化して下さっていて、私なりに考えを整理することができました。

なぜ疑似科学を信じるのか: 思い込みが生みだすニセの科学 (DOJIN選書)


日本のルィセンコ論争 (みすずライブラリー)中村禎里みすず書房)2012年12月19日読了

 著者の主張で印象に残った部分です。
「実験という特別の実証手段が確立されているため、哲学的方法よりも実験が、研究をすめるうえで主軸となる」「学説の対立解決にイデオロギー闘争をもちこむことは、無意味であるばかりか、しばしば研究に害悪をもたらすことにもなる」
「特に甚だしい害毒を流してきたものは、…反動、資本主義、御用学者らの言辞をもって良心的な遺伝学者を萎縮させようとした人々である」
それと、「研究者の世界観によって、自動的に研究成果の真偽が定まるなどという事情は絶対にありえない」という指摘も大事だと思います。
 この本から読み取れるポイントは多数あると思います。示唆に富む内容で、読む人によってもココが大事と思えるか所が色々とあるのではないでしょうか。登場人物も多くで結構込み入っているので、何度か読み返すことで読みが深まるだろうと思います。ちなみに、あの「千島学説」(←トンデモ)を提唱した千島喜久男氏も登場します。
 時代背景としては、まだ遺伝子とその発現機構についての研究が途上であり、ルイセンコの獲得形質遺伝の説も捨てがたかったという状況があります。学術上の論争がイデオロギー絡みになってしまったのは、とても不幸なことでした。
 もう1つ印象として残っているのは、科学者が実験してその効果を確認するのを待てずに、直ちに農場で農民と一緒にヤロビ農法を実践してしまったことです。結局、上手く行かずに数年で廃れてしまった様で、巻き込まれた農民の多くは、気の毒だったと思います。

日本のルィセンコ論争 (みすずライブラリー)


ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録 (佐藤典雅著 河出書房新社)2013年02月25日読了

 母親がエホバの証人の信者で、子ども時代からその組織の中で過ごしてきて、成人後に教義の矛盾に気が付いて脱会した人の経験談です。ずっと自分を縛り続けてきたものからの呪縛から逃れるまでの経緯が書かれています。印象に残った著者の言葉は、「人生の答えを他の人に委ねた瞬間、自分の人生はなくなってしまう」「自分が理解できないものには攻撃したくなる。…なんでも不安だからとにかく弾を撃つ。相手が何ものか分かっていれば、握手をしにいって条件交渉をはじめるはずだ」
 著者が疑問を持ち始めた切っ掛けの1つが、カルト団体とマルチ商法の構造類似性でした。
1.絶対性(これが絶対の宗教・商品よ!)
2.純粋性(私たちの教義・商品以外は信用できない!)
3.選民性(私たちの教団・商品は選ばれている!)
4.布教性(弟子を作ろう!)
 この本に書かれていた「エホバの証人」の様子と、伝え聞いた「ヤマギシ会」の様子が重なります。子どもに学校教育は世俗のものとして大学などに行かせずに組織への奉仕活動を推奨するので、学歴を持てずに一般社会に復帰しずらい状況など。子どもへの体罰や女性を男性よりも下の地位に置くなども類似しています。「エホバの証人」の入信者は女性が多く、夫や家族がそれに続いて入信するパターンがよくあり、信者の妻が夫を入信させるためのノウハウを信者どうしで伝授し合っているという風景は、ホメオパシーのケースとも重なりました。(「ヤマギシ会」については、『カルト資本主義』(斎藤貴男著)にその歴史と実際の信者の様子が比較的詳しく書かれています)
 著者が最後に脱会することができた「一押し」をしたのがネット上にあったそのカルト宗教への批判でした。論理的にどこが間違っているかを丁寧に解説してある批判を読んで、とても納得できたとのことです。(私などがやっているニセ科学批判も、カウンター情報をネットなどで提供するのが主な目的です。ニセ科学は、科学の仮面を剥がせばカルトに近いものが多くて、完全に嵌っている人達は疑うことはないのですが、何かの切っ掛けで疑問を感じた人がいたら、こうした情報の提供が役に立つのではないかと思います)

ドアの向こうのカルト ---9歳から35歳まで過ごしたエホバの証人の記録


チェルノブイリの雲の下で (田代ヤネス和温著 技術と人間)2013年03月03日読了

 チェルノブイリ事故が起きた当時の西ドイツの様子が描かれている本です。出版は1987年でチェルノブイリ事故の翌年であり、一番不安が高かった時期のもので、著者は反原発の立場の人です。福島で起きた原発事故後の様子とも重なりますが、西ドイツを舞台にしているので、少し距離を置いて客観的に読むことができます。当時の反原発活動をしていた人達の心情が綴られており、日本で起きた原発事故後の一部の人達の反応の仕方について、よく理解できなかった部分についても把握できた様に思います。
 この本は資料として参考になりますが、残念ながらこの本は絶版になっています。(Amazonで古本価格が無茶苦茶高い…)原発事故後の政府への不信。放射線の健康影響に怯える母親達。放射能から子どもを守る親の会がどんどん作られた様子。ドイツからより安全な所へ自主避難しようとする人達。夫婦間で放射線対策をどこまでする必要があるかの見解を巡る対立と離婚。日本の原発事故後の状況とよく似ています。
 西ドイツでも、最も放射性物質による汚染の被害にあったのは農家の人達で、特に有機農法を行っていた農家への打撃が深刻でした。そして実効線量の計算に戸惑う人達。ドイツ版小出助教みたいな人もいたり。(^^;
 旧態依然とした反原発活動が、新たに国民の間に湧き起こった反原発の機運の足を引っ張ることになってしまった状況も書かれています。過激で暴力的な人達がデモに混ざって、一般の人達から敬遠されてしまった様子も似ています。反原発派の中での、各種の放射線計測と除染などの防護対策を求める「ベクレル派」と原発の即時停止を求める「政治派」の対立の様子も書かれています。動植物の奇形の噂が広まったりしていて、こうした放射能不安に乗じたインチキ商売が当時の西ドイツでも跋扈して、放射線障害に効果があるとしていろんなサプリメントが売られたり、マクロビの信棒者によって味噌が放射線の害を防ぐと宣伝されていたとのことです。こういうのもそっくりです。
 等価線量を実効線量に換算することによって同じSv単位なのに数値が小さくなることに対する不信感も述べられています。チェルノブイリ事故後に、政府が食品の放射能基準値を引き上げた事に対する反発や、「人工放射線と自然放射線の違い」が話題になったり。この本を読むと、かなり細かい状況まで、当時の西ドイツで起きた事を日本はそっくりトレースしてきていることに気が付きます。この本をもう少し早く読んでおけば良かったとつくづく…。

チェルノブイリの雲の下で


みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年 (五十嵐泰正+「安全・安心の地産地消」円卓会議著 亜紀書房)2013年03月22日読了

 生産者・流通業者・消費者など、さまざまな立場の人達が一緒になって模索して取り組んだプロセスを紹介しています。これもお薦め本です。
 行政との対立ではなく、行政と民間の役割分担を意識して「行政との補完関係」を志向した活動で、従来の行政に不満を持ちカウンターとして活動する市民運動とはひと味違ったものです。全体を取り仕切る行政には難しい農家個別の事例に合わせた放射能測定など、民ならではのきめ細かな対応が光ります。著者の五十嵐さんは社会学者です。
 あとがきから引用します。
社会学者として思うところがある。社会学者に限らず、人文・社会系の研究者の実践的なコミットメントというと、特定の闘争型・告発型の社会運動や、ある(マイノリティ)社会集団の支援に向かうことが多いように思う。”
”しかし、少なくとも社会学者の場合、本来のその素養が生かせる「運動」の形態は、闘争型やエンパワーメント型の「運動」よりも、多様な主体の間を往還して、それぞれの社会的文脈の折り合いを見つけようと模索する調整型の「運動」のほうなのではないだろうか。”
 実際に、五十嵐さんは調整型の「運動」を実践され、その本領を発揮されました。さまざまな立場の人達の意見を束ねていった経緯は、とても感心させられます。あとがきから続いて引用します。
”これまでの日本では、利害の異なる主体間の調整は、もっぱら行政の仕事と考えられてきた節があり、「運動」とは何か特定の立場で鋭く声を上げていくことというイメージがいまだに根強い。しかし、闘争や告発の重要性を否定するつもりはまったくないが、一方でこの調節というプロセスこそ、これからは市民の側でも、自らの手で担っていく必要性が増していくのではないだろうか。そして、社会学うんぬんを離れても、市民セクターの中に、そうしたあえて矢面に立つことを引き受けるような、「酔狂な」人材がもっと育っていく必要を強く感じている。”
 原発事故では行政に対する不信感が蔓延したこともあり、この様な場合には、五十嵐さんの様な調整型の「酔狂な」人材ができるだけ多く必要だと思います。この柏での実践例は、今後の参考になるのではないかと思います。

みんなで決めた「安心」のかたち――ポスト3.11の「地産地消」をさがした柏の一年


リンゴ栽培の進む道―大地の恵みと歴史の重み (菊地卓郎・塩崎雄之輔著 北方新社)2013年06月30日読了

 従来の慣行栽培では、化成肥料の使いすぎで窒素・リン・カリのバランスが崩れて過剰投与になりがちであるという指摘がされています。これは、私がりんご農家を取材した時にも問題指摘されていました。化成肥料の使いすぎのもう1つの弊害として、土壌細菌のバランスを崩して、リンゴの樹の根に共生して必要な栄養分を供給する菌根菌の生育を阻害する事が指摘されています。不足した成分を補う形で肥料を使うのは良いけれども、よく調べずに過剰投与してしまうことで、予期せぬ害が生じてしまいます。
 私が取材した人達もそうでしたが、青森のりんご農家さん達は栽培技術への工夫を熱心にされている人が多いのですが、『リンゴ栽培の進む道』を読むと青森のりんご栽培は教養レベルの高い士族が中心になってリードしてきた歴史があるということで、なるほどという感じです。
 日本でのりんご栽培は、高温多湿という気候の問題もあり病虫害との戦いの歴史でもあり、戦時中には果樹栽培は二の次とされた事で、農薬散布がほとんどされずに病虫害が広がって壊滅状態に追い込まれた事もあった様です。青森県でりんご栽培が盛んになった理由の1つとして、主力品種であった国光は収穫時から貯蔵期間を経て熟して美味しくなるので、11月の収穫時よりも冬期を経た翌年の2〜3月の出荷時が最も美味しくなり丁度良かったそうです。(りんごは元々貯蔵性の良い果物の様です)
 この本を読んで、リンゴの樹の剪定技術にもやたらと詳しくなりました。「青森りんごの始祖」と言われる菊地楯衛さんは、函館に赴任されて七飯町でりんご栽培の勉強をされたとのことです。七飯町は今でもりんご栽培が盛んです。

リンゴ栽培の進む道―大地の恵みと歴史の重み


生活保護リアルみわよしこ日本評論社)2013年08月02日読了

 「生活保護」の実際の状況について、一般の人達がよく見えない・知られていない部分について詳しく書かれていて、とても参考になりました。普通に暮らし、真面目に仕事をしていた人達がちょっとした人生のボタンの掛け違いで転落して生活保護を受けているケースは、「明日は我が身」とも思えます。病気や怪我、職場や家庭での人間関係のトラブル、誰にでも起きる可能性があります。生活保護の実態について、各種の統計データから状況が説明されています。働くのを怠けていると誤解されがちな(高齢者や障害者ではない)受給者の中には、家族に介護が必要な人がいて長時間家を空けて仕事に行くことができず、収入の少ない人達が含まれている事が忘れられがちです。働きたくても思う様に働けない状況には、様々なものがあります。調査によると、生活保護の不正受給は金額ベースで全体のわずか0.5%であり、受給者のほとんどが正当な受給資格のある人達です。不正受給はイメージよりもかなり少ないことが分かります。
 最近の特徴は「ワーキングプア」の増加により、働ける年代での生活保護受給者が増えていることです。過労により心身の不調を抱えてしまった人、母子家庭で子持ちである事が足枷となり正社員の仕事になかなか就けず時給の安いパートでやりくりしている人、DV被害を受けて加害者に見つからないように隠れるように生活をしている人もいます。そうした、社会的な問題も生活保護から垣間見えてきます。生活保護を受けている人達の多くが、「保護を受けて生活する」状態から脱したいと願いつつ、一度転落するとなかなか脱することのできない状況があります。そのもどかしさの様子を丁寧に取材されています。仕事を選り好みしているのではなく、仕事に就くことそのものが難しいのです。
 世代を通じて連鎖する貧困問題についても取り上げられています。貧困家庭では、子供が日常的に勉強し難い環境にあるケースが多く、学歴の低さが就労の厳しさに繋がっていきます。貧困家庭の子供達に学力を身につける機会を提供する支援活動についても紹介されています。こちらもなかなか大変です。
 この本では、生活保護という制度の仕組みについて、どの様な形で生活保護が支給されているか、事務的な内容についても解説されています。よくありがちな誤解についても、これを読むときちんと説明されているので理解し易いです。生活保護セーフティーネットとして「健康で文化的な最低限の生活」ができる費用を困窮者に支給する社会的な再分配制度ですが、この生活保護費を減額する方向で国が動いています。この本の最後には、生活保護を減額する動きについて問題提起がされています。
 生活保護の現状が詳しく紹介されており、生活保護を巡る問題を考えていく上でとても参考になりました。ぜひ多くの人達に読んで頂きたいと思います。

生活保護リアル