EMとその類似商品について、効果の検証が不確かな病虫害対策の宣伝にも注意して下さい

 前回の記事『EM(有用微生物群)の何が問題なのか』では、EMの効果の確認が不十分なまま用途がどんどん拡大されて宣伝されている状況について指摘しました。

 EMやその類似商品には様々な動植物の病虫害に効果があるとも宣伝されています。その1つがリンゴ腐らん病です。リンゴ腐らん病は、枝や幹の傷口に子のう菌の1種であるValsa ceratospermaが感染して患部から樹が腐敗していく病気で、特に北海道や東北地方で発生が多いことが知られています。過去には明治後期から昭和初期にかけて大流行して産地の壊滅などもあった、りんご農家にとって深刻な病害です。この病原菌は胞子による空気感染によって広がることが知られています。樹木に腐らん病の病巣が広がると、切り倒さなければなりません。放置すると周囲への感染源ともなります。最近はりんご農家の高齢化や兼業化が進み、まめに病害対策を行いづらくなってきた背景もあり、リンゴ腐らん病が再び広がる懸念も指摘されています。

 EMに類似した微生物資材によってリンゴ腐らん病の治療に効果を上げているとする実証試験の報告書を入手しました。この報告書は、りんごの産地として有名な青森県板柳町が「環境保全型農業推進事業業務委託」として株式会社縄文環境開発に環境循環型農法の実証試験を委託したものです。この業者によって検討された環境循環型農法は主としてEMを使用したものでした。

青森県北津軽郡板柳町:「環境保全型農業推進事業業務委託」の検証

 平成23年4月2日〜平成24年3月31日まで。(この年度の業務委託費は¥13,125,000)
この費用は「ふるさと雇用再生特別基金事業」からの支出で、この年度は3年目であり、3年間の総額は約3800万円でした。この報告書から、リンゴ腐らん病に対する効果について書かれている部分を『』を付けて抜粋します。(注:報告書では「腐乱病」となっていますが、これは誤字で正式名称は「腐らん病」です。異名として「腐爛病」と書くこともあります。)

 『1年目に、りんご栽培の大敵「腐乱病」を治療に挑戦して、ある程度の成果を得て、2年目はさらに技術を磨きながら腐乱病対策に取り組んだ。
そして3年目は、弘前大学教授・農学博士の佐野輝男先生が一年を通じて、我々の実験を検証して下さった。(途中略)
教授は、「この方法は、何よりも作業が簡単なことが光っている。今後なおも実証試験を行って、数多くの成功例を作る必要がありますね。ひょっとしたら、梨の腐乱病にも効くかもしれないなあ」とコメントしていただき、私たちを感激させてくれたのである』

 『本事業3年目の目玉作業として、「腐乱病」対策の試行作業がある。
方法としては、園地全体に散布して、土壌からの伝染を防ぐための溶剤としての「富爛−A」液と患部に直接スプレーする「富爛−B液」の2種類を研究開発して製造した。
その効果のほどは、冒頭にも述べたように弘前大学の佐野教授に検証していただいたが、かなりの成果が上がったものと思っている。
しかし、弘前大学の佐野教授が言われるように、実験木が10本やそこらでは、学問的科学的に証明することは出来ないということなので、弊社としては、今後も引き続きこの問題に挑戦して行くつもりである。(途中略)
腐乱病感染確認後、ナイフで患部を大きく超えた先の個所から樹皮へ深くキズを入れる。
その時に養分を運ぶ樹脈を切断しないように気を付けること。
キズつけた個体全体へ「富爛−B液」をハンドスプレーで吹き付けるだけで作業は終了です。(患部の大きさによって違いはあるが、3分〜5分くらいと短時間で処理は終了します。)』

[注]この報告書に名前が出ている佐野輝男教授にお話を伺ったところ、大学の地域貢献事業からの依頼で様子を見に行ったけれども、処理作業には立ち会っておらず、途中経過として病気の進展は見られないことは確認したが、最終的な治癒の判断まではしていないということです。また、報告書に書かれている「梨の腐乱病にも効くかもしれないなあ」ということまでは言っていないとして困惑されていました。佐野教授は、この業者によって効果がある様な宣伝がされている事に対しては「不確かなものが1人歩きすると、多方面に影響があるので問題だ」として、むしろ否定的なご意見です。

 この報告書には、モニター農家による6本の林檎の感染木の治療経過が報告されています。5月に処理した患部の治癒を当年の11月に「患部完全に乾燥感染なし」として確認されたとしていますが、青森県産業技術センターりんご研究所の担当者と前述の佐野教授によると、りんご腐乱病は一見病気の進展がなく治癒したかの様に見えても菌が生き残っていて再発する場合があり、治癒の確認には罹患した部分の木片から病原菌が検出されなくなることが必要で、この報告書の様に患部の乾燥だけから判断することはできないとのことです。

 この実証試験では、「富爛−A液」「富爛−B液」を使用していない対照実験はされていませんでした。(そのまま放置すると病巣が広がる恐れがあるため、何もしない対照群を立てるのは避けて、一般的に使われている薬剤による処置を対照とした比較をすれば良かったのではないかと思います)

 「富爛−B液」は、現在は「FT-12」という商品名で販売されています。この業者に「富爛−B液」と「FT-12」の成分について業者に問い合わせましたが、複数の微生物とその他の成分が十数種類入っているけれども企業秘密なので全ては明かせないそうです。(現在この業者はEMと類似のJOMON菌群という微生物資材を扱っており、「FT-12」にはJOMON菌群の中に含まれる数種類の菌が使用されているそうです)「FT-12」は農薬の認定は受けておらず、植物活性対策液として補助的な使用を目的とした商品として販売しているとのことですが、これを購入して使用している農家は一般的なリンゴ腐らん病の薬の代わりとして「FT-12」を単独で使用しているケースがほとんどだということです。

 この報告書に記載されている、佐野輝男教授からの「実験木が10本やそこらでは、学問的科学的に証明することはできない」との指摘は重要だと思います。検証に用いた樹木の数が少ないですし、治療効果の判断に必要な菌の検出の有無も確認されておらず、効果があるかの様に宣伝するのは時期尚早でしょう。リンゴ腐らん病は防除に失敗すると周囲の果樹園に胞子が飛んで感染を広げていくので、板柳町のみならず、近隣の地域や県外にも広がってしまう恐れがあります。病虫害への対策は、慎重に効果を調べる必要があり、どの程度の効果が見込めるのか判断できる信頼性のあるデータを示すことが求められます。効果が不確かで未認可のものを、効果が認められている薬剤の代わりに使用するのは、病虫害予防と感染拡大防止の観点から非常に危ういことだと思います。

※この報告書には、他にもEMによる様々な効果の実証試験が行われていましたが、どれも対照実験が行われていなかったり、サンプル数が少なかったりして、信頼性のあるものはありませんでした。

 この業者(縄文環境開発)によるリンゴ腐らん病対策の本がこの報告書が出された5ヶ月後に出版されています。この業者によると、農薬の法律に触れない様な表現を選んで「FT-12」を販売しているので、どう使うかの判断は購入した農家側の責任とのことです。板柳町の館岡一郎町長がこの本の推薦をされていますが、効果の検証が不十分な対策を率先して推奨してしまうことは、その立場による影響力からも問題が大きいと思います。

 EMの効果があると宣伝されている深刻な病害には、家畜の口蹄疫があります。口蹄疫の場合は、EMが「結界」を作ることによって家畜を守ると説明されています( http://www.ecopure.info/rensai/teruohiga/yumeniikiru40.html )が、荒唐無稽としか思えません。口蹄疫に対してもEMの効果があるとするきちんとした検証はされていないのにも関わらず、一部の政治家がこの話を信じてしまい、口蹄疫の対策に貢献したとして当時の農林水産大臣である山田正彦氏がEM提唱者の比嘉氏へ感謝状を贈っていました。こういった状況は、かなり問題ではないでしょうか。

 EMは農業分野だけではなく、癌を含む人の様々な病気にもEMの効果があるとする本が出版されたりしていますが、これらも臨床試験を経て効果が確認されたものではないので、宣伝を鵜呑みにしてEMやその関連商品による治療に頼ってしまうと心配です。
 効果の確認が不十分なまま、多目的な用途でその効果が宣伝されて広められているEMやその関連商品の状況は、このまま放置しておくと多くの問題を引き起こす恐れがあります。