毛髪で体内のウランの検査ができるって、ホント?

もうダマされないための「科学」講義』 (光文社新書)−「付録」に記載のURL集はこちら
http://d.hatena.ne.jp/warbler/20111009/1318150706


最近、毛髪でウランなどの放射性物質内部被曝検査ができるという宣伝をちらほらと見かけます。
(参考:あやしい医療機器)
インチキな診断装置でなければ、髪の毛を調べることによって、ちゃんと検査できるのでしょうか?
調べたところ、髪の毛に移行するウランはかなり微量であり、検査そのものが難しい様です。

Answer to Question #7141 Submitted to "Ask the Experts"より
http://hps.org/publicinformation/ate/q7141.html

Analysis of uranium in hair is not an accepted nor reliable method of determining the uranium content in the body.
毛髪のウラン分析は、体に含まれるウランを測定する方法として、認められていないし、信頼もできません

ということで、被曝検査としては期待できそうもありません

Uranium is a heavy metal and is excreted in the hair and nails, but hair analysis for uranium is subject to inordinately high erroneous results from uranium contamination of the hair from shampoos, soaps, hair dressings, dyes, and hair treatments of various types.
ウランは重金属であり毛髪や爪に排泄されますが、ウランについての毛髪の分析は、様々なタイプのシャンプー、石鹸、整髪料、染料、トリートメントなどに含まれるウランに毛髪が汚染されることによって、過度に高い誤った結果になりがちです。

Moreover, since uranium is ubiquitous throughout the environment, the hair sample must be carefully obtained, handled, packaged, and shipped under rigid controls to ensure that it is not contaminated by coming into contact with materials containing environmental uranium which could be transferred to the hair sample.
さらに、ウランは環境中のどこにでもあるため、毛髪の試料は注意深く採取し、扱い、包装して、毛髪に移る可能性のある環境中のウランを含む物質と接して汚染しないように、厳重な管理をして輸送しなければなりません。

Erroneously high results can also occur if analytical procedures are not rigidly controlled and performed with scrupulous care.
分析手順が厳密に管理されておらず細心の注意が払われていないことによっても、誤った高い結果となることがあります。

Controls include appropriate washing of the sample to remove possible surface uranium and use of special certified ultra-pure reagents.
管理の例として、表面に付いている可能性のあるウランを除去するために適切に試料を洗う事や、特別に品質保証された高純度の試薬を使うことなどがあります。

Labware must likewise be free of uranium; uranium may leach from glassware and contaminate the sample, leading to erroneously high readings. Since the hair samples are so small, even a tiny amount of uranium contamination may give a grossly exaggerated and erroneous result.
実験器具も同様にウランの汚染がない状態にしなければなりません。ガラス製品からウランが滲み出して試料を汚染して、誤った高い値を出す可能性があります。毛髪の試料はとても少量なので、ウラン微量な汚染であっても、ひどく誇張された誤った結果となってしまいかねません。

微量成分の分析は、ちょっとの汚れによって結果が狂ってしまいます。
私も過去に分析の仕事をしていましたが、試料の扱いには使用する器具を含めてとても注意深く行わなければなりません。(試料への汚染を避ける為に、測定者は整髪料を使うのも、お化粧するのも御法度でした。もちろん、マニキュアなんて許されません。髪の毛バサバサ・すっぴんでお仕事をしていました。 ^^;)

ちょっとした測定の不手際でも、値がかなりバラついてしまいます。


(参考)文部科学省ウラン分析法
http://www.kankyo-hoshano.go.jp/series/lib/No14.pdf

P3に、ウランの分析法と必要な生物試料の量が記載されています。ICP質量分析法では微量なウラン(0.08μg/m^3)を測定できますが、500gの試料が必要であり、毛髪で500g分となるとかなり大量になりますね。


毛髪ミネラル検査というものも宣伝されていますがNATROM氏がこういった業者に毛髪の試料を送付してみた事例について紹介されています。
・Barrett S. Commercial hair analysis: Science or scam? JAMA 254:1041-1045, 1985

https://twitter.com/#!/NATROM/status/159117605024702464

毛髪の金属分析を行う複数の業者に同一のサンプルを送付したところ(同一のサンプルなんだから似た結果が出るはずなのに)それぞれ結果が異なった。それどころ、同一の業者に同一のサンプルを(もちろん名前は変えて)調べてもらっても、結果は異なった。

どうやら、再現性は悪かった様子です。

また、「毛髪ミネラル検査」の一般的な問題性についての、NATROM氏のコメントも参考になります。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090624#c1268399889
"商業ベースの毛髪検査を信用すべきではありません。まず、検査が正確がどうかが疑わしいですし、たとえ検査が正確であったとして、その結果が臨床的にどのような意味を持つのか、ほとんどの場合、明確になっていません。"

※「毛髪ミネラル検査」は、自閉症の原因が水銀であるという「あやしい説」と強く結び付いており、自閉症にも使われているそうです。キレート療法などの効果に疑問があり副作用も懸念される代替療法への誘導にも使われるということで、用心して頂きたいと思います。


"Ask the Experts"に戻ります。

There are few, if any, data in the peer-reviewed scientific literature relating to what normal levels of uranium in hair are, or how these levels relate to uranium intake, amount in the body, and the amount excreted in the hair.
毛髪中のウラン正常レベルがどんなものであり、測定されたウランのレベルウラン摂取量体内の量・毛髪への排出量どの様に関係するかについての査読を受けた科学文献が、あったとしてもごくわずかしかありません。

Thus, there is a paucity of data regarding the uranium content of hair and what constitutes the "normal" range.
このように、髪のウラン含有量どんなものがその「正常な」範囲を構成するのかということについてのデータが不足しています。

There are no generally recognized established standards for uranium in hair.
一般に認められている髪中のウランについての確立した基準がありません

測定して結果が出ても、果たしてそれが「正常」の範囲内にあるのか「異常」な値なのかを判断できなければ意味がありません

(測定を請け負う検査機関によっては、参考として正常な値の範囲が提示されているようですが、それはあまり信用できなさそうですね…)

Background levels of uranium in hair are highly variable from person to person and region to region, depending in large measure on dietary factors as most of the uranium in our bodies comes from the food that we eat.
毛髪中のウランバックグラウンドレベルは人や地域によってかなり異なります。その理由は、そのほとんどが食べ物の摂取によって私達の体に入るので、大きく食事の要因に依存しているからです。

ウランは自然界に存在しており、土壌中にも含まれていて、農作物にも微量に移行しています。どの土地で収穫されたものかや、食品の種類によっても含まれる量が異なっており、食事内容によって普段からの体内のウランの量も違ってくるので、個人差も大きいと思われます。

ある人の毛髪に含まれるウランの量をきちんと測れたとしても、その人が原発事故などの前に、ウランが髪の毛にどれくらい含まれていた状態だったのか分からなければ原発事故によってウランがどれだけ髪の毛に増加したのかは分かりませんね。事故などによる被曝の証拠として使うのにも難しそうです

ウランの場合についての解説でしたが、他にもプルトニウムなどについても同様に検査は難しく、判定も困難だろうと思われます。爪で調べるというのも宣伝されていますが、やはり同様な問題で難しいと考えられます。

やはり、毛髪を検査して体内被曝量を推定することは期待できないでしょう。

業者によっては、毛髪を長期保存して将来分析すると宣伝しているものもあります。技術の進展があり、将来は毛髪や爪からでも体内被曝の推定が可能になるかも知れませんが、その保証はありません。
また、どの様に保管するかについても問題があり、他の試料による汚染や保管容器からの汚染などが無いように細心の注意を払って厳重に管理される必要がありますし、長期に安定して保存できる技術があるのかなど、疑問点も多々あります。


(参考) ベムのメモ帳Z:毛髪ミネラル検査の実態
http://d.hatena.ne.jp/bem21st/20081204/p1
こちらのブログ記事も、とても参考になります。